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Qちゃん、君の泪に乾杯 [随想]

 081028「完全燃焼し、さわやか」 Qちゃん、涙こらえきれず1.jpg

www.asahi.comより 

 08,10.28夜、さびしさを感じるがさわやかな衝撃が走った。マラソンランナー高橋尚子選手の引退表明である。2000年9月シドニーオリンピックを圧倒的な強さで優勝、2001年9月ベルリンマラソンで2時間19分46秒の世界新記録(当時)で優勝など向かうところ敵無しの状態が続いた。次のオリンピックでの連覇も期待されたが、肋骨骨折などもあり、なかなか代表の座を射止められない日が続いた。最後のチャンスの東京国際でも二位に終わり泪を呑む。ぱっとした成績が見られない日が続く中、2008年のオリンピックにも挑戦し20083月9日の名古屋国際マラソンにかけたが27位に終わった。彼女自身、自分の能力の低下は最もわかっていたのでせめて北京五輪を自分の最後のレースにしたいという気持ちもあって最後の代表選考会、しかもシドニー代表権をつかんだ思い出の名古屋国際マラソンにかけたが、夢と散ったのではなかろうか。ベルリンマラソン当時コーチの小出さんをして、この子は15分台も可能だと言わしめたが、結局ベルリンがピークだった。プロとしての自覚で、プロの走りが出来ないそれが彼女を引退の決意をさせるにいたった。プロとしてチーム高橋を率いて活動してきたが、プロとしての成績が残せない事でチームメンバーの士気や今後を考えての引退表明と思う。
  記者会見の様子は見なかったが、ネットのニュースを見る限り残念な気持ちを持ちつつも自分の全てをぶつけてマラソンに取り組んだ十数年におそらく悔いはないのだろうが、時とともに身体能力の落ちていく現実、これまで彼女を支援してきてくれた人々、うれしかった事、辛かった事などが一気に思い出されてきて自然と泪が落ちた事だろう。しかしその泪は周りのものにとってはとてもさわやかな印象を与えたに違いないと思う。
 シドニーに行くときも日本最強とみんな思っていたが、なかなか日本代表に選ばれず(代表選考会に参加せず)、地元開催となる最後の名古屋国際に出て代表の座を射止めた。周りをはらはらさせつつもきっちりと結果を出す、それがみんなの共感を得ていった。スパートしたときの強さも魅力だったし、シドニーではそのときのサングラスを投げ捨てる動作も話題になった。今年はノーベル賞の話題が世間を賑わしたが、あの当時も小柴昌俊教授がノーベル賞を取り、その親戚だという事も話題になった。何より印象に残ったのは優勝のゴールに入るや喜ぶまもなく小出コーチを探した様子と優勝後のインタビューでマラソンを走る事はわくわくどきどきするくらい楽しいと語ったコメントだったろう。

Qちゃんお疲れ様
君の瞳に乾杯
君の泪に乾杯

君は誰よりも速かった
それでいて走る事を楽しんでいた
みんなには知る喜びを伝えていた

でも明日から君のレースを見ることはない
でもみんなは知っている
君がずっと走り続ける事を

何故って?
それは簡単
走る事は楽しい事だから

みんな知っている
君が21世紀最初の最強ランナーだった事を
君が力の限り走り続けたことを

君の泪に乾杯


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